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ニュースの記事「認知症の行方不明者が増えている」

2024/07/06

こんにちは、Kazuneです。

先日の新聞で23年度の「認知症行方不明者」が1万9千人と過去最高らしいです。
高齢化社会の弊害と言えるでしょう。
これからもますます増えていくことが考えられます。

そのニュースの内容についてではないですが、薬剤師の妻と話してたんです。

妻の職場は薬局で、こんなことがあったようです。
薬局は高齢者施設に薬を届けています。

その施設で、ある高齢者の方がいつも表に出たがって、隙をみて出ようとする方がいたようです。
施設の職員の方は出られたら大変なので、いつも手を焼いていました。

そんなある日、とうとう職員の目を盗んで外に出てしまい、行方不明に。

後日、見つかったのですが、橋の下で遺体となって見つかりました。


話はここからです。

この時、「周りの方はどのように思ったのか?」

妻が薬局で橋の下で遺体となって見つかったそのご高齢者のことをメンバーで話した時に
メンバーのみんなは「かわいそうだね。そんなところで亡くなって。」と言っていたようです。

でも、妻は
「なんで?その方は幸せだったと思うな。だって、出たがっていた外に出れて、自分の行きたいところに行けて、そこで亡くなることができたんだよ。」

私も妻と同じ考えです。

多くの人は一人で橋の下で亡くなったら「かわいそう」と思うでしょう。

でも、それは我々が思う「常識」の概念にとらわれているのだとおもう。
たぶんですが、死ぬときは「家族に見守られながら家で死ぬ」ことが一番いい死に方だという「常識」があるのではないでしょうか?

「家でみんなに見守られながら死にたい。」など「こういう風に死にたい」と思ったらそれはその考えに「囚われている。」

そういう死に方以外は「残念」な死に方という考えに囚われてしまいます。

死に方は、生きた結果。

死に方を考えたかったら、今を一生懸命生きるしかありません。
そして、その結果を受け入れる。

それは他人がどのように思おうが、「私」が満足なら大成功です。


この高齢化社会も私が感じるのは「長生きすることはいいことだ。」という考えが刷り込まれているように思います。
昔は生まれてもすぐ死んでしまう子供がいたり、治療が及ばない病気も多く若くして亡くなる方も多かったのだと思う。
だから長生きすることは人類の「夢」だったのかもしれませんが、今、長生きすることの弊害が生まれているのかもしれない。

短命でも長命でもそれぞれの苦しみがある。

だったら「今」後悔しないように生きることが一番ベストなんだと思います。

そうしたら、死ぬ間際の「今」後悔しないことでしょう。

他人の目にどう映るかは問題ではありません。




 

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