川崎市多摩区にあるRoot One Yoga STUDIOは南武線 宿河原駅から徒歩3分、シンギングボウルが体験できる数少ないヨガスタジオです。

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「ヨーガ」や「瞑想」で到達したい境地 ②

2023/11/27

こんにちは、Kazuneです。

前回の①は「人生って不幸なのかよー。いいことないのかよー。」と思いかねない感じになってしまいましたが、

幸せの本質はなんなのか?

これもいろいろな考え方があると思うので、一つの考え方として思っていただければと思います。

ヨーガスートラ 1-33
仏教では「四無量心」という教え。

これはまったく同じことを言っています。

「四無量心」
慈・悲・喜・捨の4つの心です。仏教徒ではないので上手に説明できないかもしれませんが

「慈」:いつくしみの気持ち。他に対して友愛の気持ち。知らない人でも、敵チームの選手でも、どんな人にも友好的な気持ちをもつ。人以外でも、熊、スズメバチ、イノシシなどの害獣と報道されてしまう生き物も生きるために一生懸命なんだよね。一緒に生きようと理解する気持ち。

「悲」:憐れみの気持ち。困っている人を助けてあげたい。と思う気持ち。お年寄りを大切にする。病気やケガの人に「早く良くなってね」と心配を向ける。弱い人に手を差し伸べる気持ち。
人間以外だと虫(ゴキブリやクモなど)を見つけたら無条件に殺すのではなく、「小さい生命も一生懸命生きているんだなー。がんばって生きろよ。」と応援する気持ち。

「喜」:他者への喜びの気持ち。「お金が儲かった!」「試合に勝った」「高級車に乗ってる」とだれもがうらやむような状況は「嫉妬」になりがち。
でも、そのなにかしらの形で喜んでいる人を自分のことのように「良かったね!」と一緒に喜ぶ気持ち。他人の喜びを自分の喜びにできる心持ち。

「捨」:平等心。いじわるな人を許す気持ち。誰もが窃盗や詐欺や殺人などの法で裁かれるべき人には近くにいてほしくないし、「法で罰を受けさせなければ気が済まない!」とか、「楽に社会生活ができると思うなよ。」とか、「他人に迷惑をかけたんだからお前も打撃をうけろ!」と憎む気持ち、怒りの気持ちがどうしても湧いてしまいます。
そこまでいかなくても、遊びの中でも叩かれたらこっちも叩かないと気が済まない。など打撃を与えないと気が済まない。ということはないでしょうか?
そういう悪い人やモラルに反した行為に対して「罪を憎んで人を憎まず」の精神で
「この人もいつか自分の悪い行いに対して気づいて改心されますように。」「この人が良い方向にいきますように。」と許す気持ち。

悪い人には幸せになる権利がないと差別的に突き放すのではなく、だれでもやり直すことができる。この人がやり直すのであれば許そう。と思う気持ち。

誰も自分のことを許してくれず、後ろ指をさされ続け、手を差し伸べてもらえなかったら、生きるためにはまた悪いことをするしかなくなってしまいます。

「君ならやり直せる。信じてるよ。」と言える気持ち。


この四無量心は「私」というエゴにとらわれず、すべてを同じように見ていける。私の物とか他人の物という区別もない。人種の差もない。体にいいとか悪いとか、環境にいいとか悪いとかいうことにも囚われない。

例えば、我が子はかわいい。と思いますよね。普通は。
最近普通じゃない親のニュースもよくあるのでね。一般的には「我が子は無条件にかわいい。愛してる。」と思うと思います。

いたずらしても許してしまう。立ち上がろうとしたらがんばれー!と応援する。
また、大人になっても何歳になっても我が子はかわいい。と思うはずです。

「彼女を愛してる」は見返りを求めた愛なので、本当の愛ではありません。(だいたいの場合)

でも、我が子は無条件に愛してる。お金もかかるし、手もかかるし大変です。
たとえ犯罪をしたとしても「自分の子は本当はそんな子じゃないんです。」といって信じることでしょう。

この我が子を愛するような気持ちで「他人、動物、虫、環境、物」などに向けることができたときに永続的な幸せになります。

・敵チームが勝ったら賞賛する。
・ケガをしたら、大丈夫?と心配する。
・株で大儲けしてる人に、そんな才能があってすごいなー。とほめる。
・排気ガスを出して環境に良くない車や飛行機などに対して、人間の技術力はすごいもんだなー。こんな技術があるのだから、きっと温暖化を止める技術だって発明されるはずだ。と希望を持てる。
・パワハラ発言で職場の雰囲気を悪くしてる人には、この人にはゆとりがないんだな。心にゆとりが生まれますように。と願う。

などなど、人や動物や環境や物とのかかわりを我が子とのかかわりのようにできたら、「世界は幸せしかない。」

と思えます。

そしてそれは「永続的」です。

我が子は何歳になってもかわいいものですから。
もっと言えば「自」と「他」の境界線をなくすこと。

でも、これがほんと~~~に難しいことです。

自分や我が子を愛するのに努力は必要ないわけですが、
やはり他人を我が子とは思えませんし、自分と他人に違いはないとは思えません。
だから最初は努力が必要です。


でも、その「四無量心」を育てるために「ヨガ」や「瞑想」や「シンギングボウル(瞑想に含まれる)」があります。

これらのツールを使って、コツコツと「四無量心」への「気づき」を向けて達成させていくこと。


それが「ヨーガ」や「瞑想」で到達したい境地です。


 

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